巨額・仮想通貨詐欺犯の錢志敏(Zhimin Qian / 張夜迪 alias Yadi Zhang)に関する中国政府の対応
巨額・仮想通貨詐欺犯の錢志敏(Zhimin Qian / 張夜迪 alias Yadi Zhang)に関する中国政府の対応

英国で逮捕・有罪となった仮想通貨詐欺犯の中国人、錢志敏(Zhimin Qian、別名 Yadi Zhang)事件」で取り上げたように、このような大規模な違法集資/仮想通貨詐欺事件に対して、中国政府および関連機関は次のような対応を講じてきました。

1. 「非法集資(違法集資)」規制の強化

中国では、投資家からの資金を募って “必ず利回りを保証” する形式や、無許可で集金を行う案件を「非法集資(違法集資、illegal fundraising)」として重視しています。2020年以降、とくに国家レベルでこの種の犯罪の取り締まりが強化されています。(中華人民共和国国務院)

  • 2021年5月1日に施行された「違法集資防止規則(Regulation to Prevent and Handle Illegal Fundraising)」では、無許可で広く一般から資金募集を行う行為を禁止し、金融機関および非銀行決済機関に対して疑わしい大口取引の報告義務を課すなどの制度が導入されました。(中華人民共和国国務院)
  • また、金融・非銀行支払機関に対して、大口・異常な資金の移動に関して報告し、疑わしい口座の監視強化を求めるといった仕組みも整備されています。(中華人民共和国国務院)
  • 2020年にも、国務院主導の合同会議で「違法集資の取り締まりを強化する」方針が示され、緊急対応体制やモニタリング・早期警戒システムの構築が訴えられています。(中華人民共和国国務院)

これらの制度は、錢志敏が中国で運営していたような無許可の集金スキーム(高利謳約、仮想通貨投資との結びつけなど)を明確に違法行為として位置づける根拠となります。

2. 仮想通貨関連規制との整合性強化

錢志敏事件は仮想通貨を資金を隠す手段として使用していたと報じられています。そのため、中国政府は仮想通貨領域自体への規制を厳格化してきました。

  • 中国では、ICO(イニシャル・コイン・オファリング)が2017年に全面的に禁止され、仮想通貨取引所は閉鎖または禁止処分を受けました。仮想通貨を利用した募金・出資行為は、一般には金融犯罪と見なされる扱いです。(Cointelegraph)
  • 仮想通貨のマイニング事業も、エネルギー消費の観点などから多くの地域で禁止措置が取られ、業界自体が縮小しています。(lightspark.com)
  • さらに、最高人民法院・最高人民検察院が「暗号資産を用いた資金調達」行為を違法集資の範疇として明示する法的判断も報じられており、「仮想通貨を使った資金募集=違法集資」とみなされやすい法的風土が形成されています。(Cryptonary)

これらの動きにより、仮想通貨を使った詐欺や資産隠匿行為は、より法的制約下に置かれるようになってきています。

3. 司法制度上の特別没収制度

錢志敏のように主犯が国外逃亡した場合、中国国内の司法制度としては 「没収制度(没収犯罪所得) の運用が考えられます。

  • 中国の刑法第64条、および刑事訴訟法第298条には、重大犯罪に関して逃亡、死亡した被疑者に対して犯罪所得を没収できる「特別没収手続き」が定められています。(thornhill-legal.com)
  • これにより、実際に被疑者が国外にいる場合でも、中国の検察当局は裁判手続きの中で没収命令を求めることができます(ただしその執行・回収が実際に可能かどうかは別の問題です)。(thornhill-legal.com)
  • 報道によれば、錢志敏の英国での裁判における有罪認定や証拠開示結果が、中国がこの没収制度を行使するための一定の根拠となる可能性が議論されています。(thornhill-legal.com)

ただし、中国には、英国のような「民事回収制度(civil recovery)」に基づく資産回収制度は明文化されておらず、没収はあくまで刑事手続きの一部としての扱いになります。(thornhill-legal.com)

4. 日中間・国際協力と資産回収

錢志敏事件のような国際性を帯びた犯罪は、被害者救済や資産回収には中国政府と他国との間の協力が不可欠です。報道をもとに、現状と課題を整理します。

  • 英国と中国の協力:錢志敏の英国裁判では、中国当局と英国当局が相応に情報交換・協力を行ったという報道があります。英国のロンドン警察は、錢志敏の庭国である中国と連携して仮想通貨ウォレット追跡などを行ったとされます。(moneylaundering.com)
  • 中国からの訴訟権請求:中国の検察または被害者代理は、英国での没収判決・回収を中国国内で確認し、英国側の没収命令の認定や実行を促す手続きが理論上可能と議論されています。(thornhill-legal.com)
  • 課題:
    ・判決効力の相互承認:英国裁判所による没収命令を、中国国内で法的効力として認める制度・条約が限定的である。
    ・資産所在の把握:ビットコインなど暗号資産は匿名性・分散性が高いため、英国側で押収されたものが中国被害者と法的に結びつける根拠を示す困難性がある。(CryptoRank)
    ・回収と分配:押収後の資産を被害者に戻すための分配スキームや優先順位の決定も大きな実務課題となる。(CryptoRank)
    ・政治・外交の制約:中国と英国の法制度・外交関係が影響する可能性が高く、全面的な協力が常に可能とは限らない。

5. 中国側の実務的対応動向と報道

報道レベルで確認されている中国側の対応動向をいくつか挙げます。

  • 捜査関係者の逮捕・処罰:中国国内では、錢志敏に関連すると見られる関係者(下請業者、勧誘幹部など)が逮捕されたとの報道がありますが、主導者本人の拘束には至っていません。(フィナンシャル・タイムズ)
  • 国による法整備と見せしめ的抑止政策:中央政府は違法集資・金融詐欺に対して「零容忍」方針を掲げ、地方当局にも取り締まり強化を要求しています。(南華早報)
  • 地方政府・監督機関の責任強化:違法集資地域を所管する地方政府に監督責任を課し、異常資金流入監視、早期警戒ネットワークの構築を義務付ける制度が導入されています。(中華人民共和国国務院)
  • 想定される資産凍結・差し押さえ:中国国内の銀行口座、不動産や企業持分などの資産が差し押さえや凍結対象になる可能性がありますが、それらが英国で押収されたビットコインと連動できるかどうかはまだ確定していません。

総括と見通し

錢志敏事件における「中国対応」は、制度的には以下のような枠組みと限界を持っています。

  1. 制度的な対応枠組み
  • 中国は違法集資を禁止する法律・規制を整備し、仮想通貨を用いた資金募集にも規制を及ぼす体制を強めている。
  • 刑事手続き上の特別没収制度を持ち、国外逃亡した被疑者の資産没収を理論的には可能とする法制度を持つ。
  1. 国際協力と実務的な課題
  • 英国など他国の捜査機関との協力を通じて、証拠開示や資産追跡を行う流れが見られる。
  • しかし、国境を跨ぐ資産回収には、法制度の整合性、判決の承認、所有関係の証明、資産移動の透明性など多くのハードルがある。
  1. 被害者救済と政治的制約
  • 被害者救済のための分配メカニズム設計や資産返還の実現性は未確定。
  • 中国政府側としては、こうした事案は金融安定や社会的信用にも関わるため、抑止と見せしめを兼ねた取り締まり強化政策を続ける可能性が高い。

今後、錢志敏事件は中国・英国・国際司法協力が交錯する典型的な事例として注目されます。英国での有罪確定後、中国側が没収命令の発動、判決の相互承認、被害者への返還手続き参加など一連の対応をどう取るかが、同種事件の先例となるでしょう。