1. 日本の熱狂は、データ上も例外的だった
日本のSDGs検索人気度は、2021年にかけて急上昇して最大値の100に達しました。同じ時期の米国やドイツは20〜30台にとどまり、日本だけが突出していたとニッセイ基礎研究所は指摘しています。米国ではESGやSustainabilityが、欧州ではGreenwashingが注目されていた一方、日本ではSDGsという一語に関心が集中し、ESGやSustainabilityは低位のままでした。世界が複数の言葉に分散して議論していた話題を、日本だけがSDGsの一語で受け止めていたことになります。
認知率の伸びも急でした。電通の調査では、2022年の認知率は86.0%で、2018年の第1回調査から約6倍、2023年には91.6%に達しました。ただし調査主体は、社内でSDGs推進プロジェクトを担う電通自身です。数字には推進側の視点が入っていると考えて読む必要があります。
退潮の中身も見ておく必要があります。検索人気度は2022年以降ピークアウトしています。他方、別の調査では、認知率は83%で2022年から横ばいが続いています。忘れられたのではなく、話題性が落ち着いたと見るのが実態に近いでしょう。同じ調査には、Xでは、中身がなく言葉だけが流行るSDGsへの「もういい」という反応が見られるという指摘もあります。
2. 「不自然な速さ」の正体は、公開された制度の連鎖だった
急速な普及の背景には、政府、経済界、金融、広告、教育が短期間に同じ方向へ動いたという事実があります。
- 2015年:6月にコーポレートガバナンス・コードが導入され、9月にはGPIFが責任投資原則(PRI)に署名しました。日本のESG投資の本格的な起点です。
- 2016年5月〜12月:総理を本部長とするSDGs推進本部が設置され、12月に実施指針が策定されました。
- 2016年6月:電通を含む広告大手6グループが、カンヌライオンズでSDGs達成に向けた共同広告キャンペーン「Common Ground」で連携すると表明しました。
- 2017年11月:経団連が「Society 5.0の実現を通じたSDGsの達成」を柱に企業行動憲章を改定しました。経団連は、自ら掲げてきたSociety 5.0の看板とSDGsを結びつけた形です。
- 2018年度〜:SDGs未来都市の選定が始まり、2025年度までに215都市が選ばれました。選ばれた自治体は補助金や国の支援を受けられます。
- 2020年度〜:新学習指導要領で「持続可能な社会の創り手の育成」が明記され、学校教育にも組み込まれました。
ご指摘の「特定の団体や勢力の影」に当たるものは、この連鎖にあると思います。ただし、これらはすべて公開の場で行われた動きです。密かな陰謀というより、利害が同じ方向を向いた組織が、それぞれの理由で同時に旗を振った結果と読むのが自然です。政府は成長戦略の看板が欲しく、経団連は自らの構想に国際的な正統性を付けたく、広告・コンサルにとっては新しい市場になり、自治体には補助金が付きました。指揮者がいなくても、この構図は横並びで一斉に動く現象を生みます。
コロナ禍も、この枠組みに素早く取り込まれました。電通報の2020年11月の記事には、コロナへの対応そのものがSDGsの取り組みだという趣旨の発言があります。危機を既存の物語に回収する動きが、実際に起きていたわけです。
バッジの過熱には、広告側の論理もありました。電通報は、サステナビリティ広告も広告である以上、広告主に利益をもたらす内容であるべきだと述べています。また電通調査では、約8割が、企業がSDGsに積極的に取り組むと好印象になると答えました。安価に好感度を買えるなら、企業がバッジを付けるのは合理的な行動です。
3. 退潮の引き金は、日本の外にあった
急な冷え込みは、国内で自然に起きたというより、海外の政治や市場の動きに反応した面が強いようです。
米国では、トランプ政権の再登場後に金融界の気候連合が崩れました。JPモルガンやゴールドマン・サックスなど米大手銀行がネットゼロ・バンキング・アライアンス(NZBA)を離脱し、共和党議員の追及とESG全般への反発が背景にありました。NZBAは2025年10月に活動停止を議決し、資産運用会社版のNZAMも同年に主要活動を停止しています。
SDGs自体にも、米国が2025年3月に国連総会で、2030アジェンダとSDGsを否定し、今後は当然のようには再確認しないと表明しました。理由は「ソフトな世界統治」で主権と相容れないというものでした。2026年のSDSN報告書も、米国が持続可能な開発の枠組みそのものに対して積極的な反対に転じたと記しています。
用語の側でも変化がありました。米S&P100企業の年次サステナビリティ報告書で「ESG」の語を使った企業は、2023年の40%から2024年には25%に減りました。ただし、これは実践の撤退とは限りません。企業は投資を続けながら発信だけを控える「グリーンハッシング」に移っているという調査があります。
日本でも、政府と経済界は看板を下ろしていません。日本政府は2025年7月の国連ハイレベル政治フォーラムで、SDGsへの貢献を続けると宣言しました。経団連も、世界的な反動にかかわらずSDGs達成への貢献を通じて競争力を強化する方針を示しています。日本のバッジ離れは、こうした公式の姿勢の外側で、企業や個人が空気を読んで動いた結果です。ネット上に公開された対談の書き起こしには、米国の反DEIの流れと結びつけて、SDGsバッジを外す企業が賢い、と語る発言も見られます。ブームのときも退潮のときも、日本の動きは外の合図に大きく左右されていました。
4. グリーンウォッシュ規制:バッジ文化の後始末
日本の「SDGsウォッシュ」は、既に法の問題になっています。消費者庁は2022年12月、「生分解性」をうたったカトラリーやレジ袋などを売る10社に、景品表示法上の優良誤認として措置命令を出しました。2023年10月にはそのうち1社に課徴金納付命令も出ています。
欧州はさらに厳しい段階に入ります。EUの「グリーン移行に向けた消費者のエンパワーメント指令(ECGT)」が、2026年9月27日に適用されます。実質的な根拠なしに漠然とした環境主張をすることが禁止されます。適用日は来週です。オフセットだけに基づく「カーボンニュートラル」表示も禁止されます。一方、より厳格な検証を求めていたグリーン・クレーム指令案は、2025年6月に欧州委員会が撤回を発表し、中小企業の負担への批判で審議が止まりました。規制は前進と後退が入り混じっています。
「ロゴを付けて環境配慮を示す」やり方は、EUでは法的リスクになっていきます。日本でバッジが目立たなくなった理由を空気の変化だけで説明するのは、片手落ちでしょう。
5. 認知戦・思想戦と、どう交差するのか
日本の防衛省は、認知領域を含む情報戦を、偽情報の真偽や意図を見極めて無力化し、同盟国と連携して適切な情報を発信することで、意思決定を守る取り組みと位置づけています。2026年5月には、国家情報会議設置法が成立しました。ただし、認知戦の定義や基準は明確ではありません。何でも認知戦と呼べてしまう危うさは、意識しておくべきです。
SDGsと認知戦の接点は、大きく三つあります。
第一に、SDGsが国家間の「物語の競争」の舞台になっている点。 中国の「グローバル開発イニシアチブ」は、SDGsを含む2030アジェンダの実施加速をうたって国連で打ち出されました。2026年7月の国連ハイレベル政治フォーラムでは、80か国超の「友好グループ」を代表して声明が出され、2030年以降の議題づくりに影響を及ぼしつつあります。米国が離れた空席を、他国が埋めようとしている構図です。
第二に、反SDGsの陰謀論が実在する点。 国際的な分析機関ISDによれば、2030アジェンダは「新世界秩序」などの陰謀論と結びつき、気候対策は私有財産と食事を統制し全体主義を敷くための策略だという物語に組み込まれてきました。こうした偽情報は主にSNSで広がっています。ここで率直にお伝えしたいのですが、「SDGsの背後に特定の勢力がいる」という見立ては、この陰謀論の構造と形が似ています。ご指摘の違和感自体は妥当ですが、その説明を「隠れた勢力」に求めると、こちらの物語に近づきます。公開情報が示すのは、隠れた指揮者よりも、公然と組織された利害の連鎖です。
第三に、政治的な「使い勝手」の問題。 SDGsは、賛成する側にも反対する側にも、感情を動員するための旗として使われやすくなりました。この構図は、外国の情報工作に限らず、国内の政治や広告にも当てはまります。
日本のSDGsブームが特定の国(国家)による認知戦の産物であるとする根拠は見つからないでしょう。また、特定の広告代理店や団体が単独で全体を仕組んだと言える根拠もみつからないでしょう。これは見えない戦争の一端であり、国家ばかりではなく、様々な主体が相互にけん制し、闘争する暗闘の中で刃と刃が切り結んだ際に煌めく火の粉、花火と同じなのしょう。その花火をどれだけ調べても、その花火が飛び散った経緯はわからないのです。
6. どこまで言えて、何が言えないか
- 言える:日本のブームは国際比較で例外的で、政府・経済界・金融・広告・教育が連動した、公然のトップダウンの動員でした。
- 言える:退潮は日本の内発というより、米国の政治転換と各国の規制、投資家の反応が引き金でした。
- 言える:バッジの退潮は課題の解決を意味しません。国連報告書2026によれば、データのある139ターゲットのうち達成に向かっているのは15%にとどまり、15%は2015年の水準を下回っています。
- 言えない:ブームの背後に単一の勢力がいたこと、あるいは外国の工作で仕組まれたこと。
- わからない:個々の広告キャンペーンや報道が、普及にどれだけ寄与したか。公開データでは分離できません。
7. これから
2030年以降の開発目標をめぐる国連での公式協議は2027年に始まるとされています。SDGsという言葉は、いずれ別の看板に置き換わるでしょう。日経BPコンサルティングも「ビヨンドSDGs」という視点を示しています。問題は名前より、看板の裏で何が実際に行われているかです。ESGやSDGsという語が消えても実践は続くという見方もありますし、看板の陰で実質が細るという見方もありえます。判断材料になるのは、具体的な数値と第三者検証を伴う開示が増えるかどうかでしょう。
